スマックサーフボード - 四国のサーフボードファクトリー「SMAC SURFBOARD」

スマックサーフボード

SMACブログ

四国のサーフボードファクトリー”SMAC SURFBOARD(スマックサーフボード)”がお届けするブログです。

何故、タカヒデはプロコンテストで上位にいけないのか植田が 解説します。

下の2つのシークエンスを見てください。
どちらも チューブのいい波で、同じポイントです。

8.jpg
9.jpg
10.jpg
7.jpg
6.jpg
5.jpg
3.jpg
4.jpg


18.jpg
16.jpg
17.jpg
14.jpg
15.jpg
19.jpg
20.jpg
21.jpg
23.jpg
26.jpg
25.jpg
24.jpg
27.jpg
12.jpg
スタンダードボードでのシークエンスは完璧にチューブの奥深く、多分、レールコントロールをして出て来ている。
クラッシックボードを使っている写真は、ほとんど浅いチューブライディングであった。
これらの写真が2000枚送られて来た。
クラッシックボードでテイクオフは、お見事です。
チューブが勝手に来てレールをカールに合わせ見事に出た。
プロサーファーなら、当たり前で この波でクラッシックボードを使う事が間違っては無いのか。


30.jpg
何故、勝てないか 分かりますか?
私的には、彼はサーフィンの技術はいいセンスを持っている。
その時の判断が悪いのだろう。と、思うしかない。

31.jpg


41.jpg
タカヒデにスナッフの写真をメールしてくれ。と、伝えて来た写真が上の2枚です。
やはり西ユージのこんな写真とか

1.jpg
ケンタのこんな写真とか、工夫が無いな。
試合に勝つには工夫も必要では?

6.jpg
今西なら、こんな写真ですな。

2.jpg
カイリなら、これか。(苦笑)

4.jpg

3.jpg
レイカなら、こんな写真とか。

5.jpg
私ならこんな写真をメールするかな‼


最後にタカヒデの素晴らしい所は、常に波のある所に出かけ、サーファーとして前に今井慎司とビッグウェイブポイントでいきなり出会ったように、


ALWAYS BE THERE WHEN THE WAVE ARISES
サーファーとは「いい波の時に 必ずその場にいる」という意味であります。


「私がいつも思っている動きをしている」と言う事かな。

7.jpg
ちなみに真ん中が2人目の子供が生まれた 小島 翼で右が小島 大地で茨城の試合の後に仙台に出没している。
タカヒデ!私の情報網はナカナカのもんでしょう。


9.jpg
こんな席にも、タカヒデは現れる。
常に前向きな姿はファクトリーのみんなも認めていますよ。


11.jpg
タカヒデの事でかなりの写真を探した。ああ、しんどかった(苦笑)
これにて おしまい。終わり(( _ _ ))..zzzZZ

川合みのり WSLプロジュニアガールズチャンピオンに\(^o^)/

1.jpg
川合みのりが2015年のWSLプロジュニアガールズチャンピオンになり、ポルトガルへのチケットを手にした。

2.jpg
ここまで、短時間で育てて くださったオニールチームに感謝です。
イズキコーチをはじめ、マキマネージャー、そして 彼女のボードシェーパー 竹内エイジ、ファクトリーの面々、いつも彼女を支えてきた両親。
すべてに感謝であります。

5.jpg

15.jpg
16.jpg
頑張れ!みのりん\(^o^)/


7.jpg

8.jpg
野呂レイカは今、海外を中心に回っている先輩として頑張っている。
みのりんに世界と戦う厳しさを教えてあげてください。
よろしくお願いします。


6.jpg

17.jpg

ケイジローもグングン力をつけて来た。やがてオニールチームでカリフォルニアへ、その後単独でハワイの試合にむけて旅立つ。
ハイブリット オニールチームとマッチしているぜ。

3.jpg
ハイブリット オニールチーム(苦笑)



4.jpg
いつもチームライダーの影の力持ち。ヤブノ副社長?
皆さん知ってますか?私がよく怒られます。
知ってますか?



9.jpg

14.jpg
オンヨネサーフィンコンテストに行って来ました。
やがてレポートします。



10.jpg
私が泉佐野で33年前にサーフショップをオープンした。その当時のメンバーが集まりバーベキューパーティーを開催して来れ、涙が出そうな楽しいパーティーでありました。

11.jpg

12.jpg

13.jpg

18.jpg
このパーティーを企画してくれたショップサウスボーダーの新屋君と仲井さん.
ありがとうございました。

「やっとこさ プロ合格の幸 総一郎」

1.jpg
ついに、幸 総一郎がJPSAのプロサーファーになった。いや、何とかなれた!?
色々な総一郎の事が知りたかったのもあり 1時間かけて海部から阿南のスポーツジムに行き、私のいつもやっているマシン(8パターン)をトレーナーと共にこなしたが、すべてのマシーンで私について来れなかった。

5.jpg
これはかなり専門的な高度のバランスボードです。
この時点で、総一郎は体力が終わってように思いました、、、、、

2.jpg
唯一、総一郎が私に勝ったのは水泳で25mで体一つ。50mでターンを私がミスり、体三つで負けたが、1か月後に改めて私はリベンジしたいと思っています。
総一郎は水泳部で泳ぎがたいしたものだと分かった。


3.jpg
総一郎 6歳。レイカ8歳。
何か今のレイカ、総一郎がこんなになるなんて、やはり改めてパビリオンの選手が立派になっていく。

4.jpg
カリフォルニアの試合で安井タクミ、大原ヒロトとの3ショットです。
来年、更に大きくなった3ショットを期待しておきます。
頑張れ、総一郎。

6.jpg
チョット前の小山ミナミの特集で、ミナミの目標はプロサーファーになり、新たなスタートとして実家の徳島市内に戻り勉学に励むと言ったが、総一郎は新たなスタートとてプロサーファーの中でコンペティターとしてグランドチャンピオンになる事が目標として頑張るとの事だが、まずは人の3倍の努力を私は要求したいのであります。

7.jpg
そして、カイリのようなエンターテイメントも身につけてください。

8.jpg
サーフィンを始めた頃の総一郎で、前のブログのカイリと違いボードも体も間違い無くグーフィーを向いてる。
小学年の低学年でしょうね。

9.jpg
コータと総一郎。
久し振りに「コータ元気か!日本に一時帰国するようだが、ちょっと 私の家のかたずけ手伝ってな」

10.jpg

11.jpg

12.jpg
海部のショット。

13.jpg

14.jpg


15.jpg

16.jpg
必ずと言って良いほど選手が成功するには両親の揺らぎ無い応援、協力が必要つで、総一郎もパビリオン所属で、ショップライダーからスタートした。
やはり、パビリオンの育成力には脱帽する。又、頼むわ(苦笑)


1.jpg
この食事会で、ケイジローと同じ用に私より高い定食を頼みやがった。
今度は、素うどんと大ご飯で頼むわ(苦笑)


21.jpg
そろそろ、間屋口 タカヒデの何故JPSAの試合に勝て無いか解説します。
ハッキリわかる植田の解説です。
キツイコメントだらけなので、楽しみに(爆笑)

ALWAYS BE THERE WHEN THE WAVE ARISES

この英文の意味はサーフィンカメラマンの木本 直哉がよく私に言っていた言葉で、今も彼は常にこの意味の通り実行している。
サーファーとは「いい波の時に 必ずその場にいる」という意味であります。

1.jpg
京都の今井慎司です。
京都の人は 日本の首都は今だ、京都だと思っています。
それだけ、気品高いプライドがあると、思わされる時がある。

2.jpg
今井君とこの前のビッグウェイブの時の初日に船から飛び込み、ピークに近づくにつれ、見た事のあるアウトラインが目に付いた。

3.jpg
良く見たら、今井慎司で、このサイズだとボードが短くてスピードが追いつかないと、うなっていたのを思い出した。

4.jpg
4時の定期便で 本土に戻ったので、私一人がピークで、ミック ファニングのシャークアタックの事が頭をよぎったり、リーシュが切れたら ボードが大変だし、陸に上がるのも死にものぐるいで上がらないといけないな。と考えたりで。

5.jpg
結局、1時間ほど2人で6~8の波乗りを楽しんだ?
このまま今年が終われば、一番の思い出になりそうですわ。

6.jpg
この写真は、バリ島のウルワツですね。
今井君は仕事とサーフィンを常に上手い具合に調整し、サーフするベテランでおます。
コテツとは一味違いますわ。

7.jpg
彼のホームブレイクは、京都の日本海。
で、当然真冬でもサーフィンはやる。私は無理(苦笑)

8.jpg

9.jpg
この写真は私の事務所の写真棚に立てている大事にしている物で、和歌山の国民宿舎に3人3部屋、別々に借り、その夜に宴会をやり、次の日には最高の波乗りを楽しんだからであります。

10.jpg
だれが、こんな写真見たいねん!
何でも 送って来ないでください。(苦笑)




13.jpg


12.jpg
川合みのり
JPSA新島 準優勝でした。
もう少しで優勝でした。でも上出来でした。
最終戦が楽しみでおます。

頑張れ みのりん  ちゃうわ?みのり
いや!みのりん イイね。


11.jpg

プラスエス南野さんの知られざる事。

1.jpg

2.jpg
前回のブログで。
「この人はだれでしょう」で締めくくっていましたが、その人はプラスエスの南野さんでおます。

3.jpg
南野さんのニックネームはスーちゃんと呼ばれていて、神戸を代表するサーフショップのプラスエスのオーナーで、NSAの支部長をしていて 、スマック設立当初からのディーラーです。
いつもお世話になっており、ありがとうございます。

4.jpg
この写真は、若かりし頃のケリー スレーターです。

5.jpg
スーちゃんがサーフショップをはじめるキッカケを作ってくれたのが、左から二人目のホールドアウトの野間さんで、左端が当時のスーパースターのマーチン ポッターです。

6.jpg
コンテストに積極的に参加し、私がアマチュア時代に戦っているような記憶があります。

7.jpg
このライディングは水中写真なのてすが、この時代だとこんな写真は中々ゲットするのは難しかったはずです。

8.jpg

1.jpg
スーちゃんの隣は皆様もお分かりの通り、ロブ マチャドです。
スーちゃんのサーフショップ経営は、サーフィン業界の先を常に見ている。
でないと、あれだけのプロショップは出来ないでしょうね。

9.jpg
バリ島で会った時に撮ったリザールですね。

10.jpg
古くからスーちゃんと付き合いのある五連の小井戸君に スーちゃんの昔はどんなやった?と、聞いてみた。
「結構やんちゃで、面倒見がイイ人で、、、、、、他の事はかけません。」

11.jpg
現在のスーちゃんで、サーフィン業界の裏の裏まで知っている。
この夏、食事会をやった時に色んな話をしたが、その話の全ての結論は 良い時も有れば悪い時もある。
と言う事でありました。\(^o^)/

12.jpg
私のブログによく登場するコテツです。この写真は私が大事にしている。
2014年のベストショットで、辛い事、悲しい事、嫌な事があると、この写真を見て励ましてもらっています。ありがとうコテツ(苦笑)
そして、コテツもスーちゃんとは古くからの付き合いのある一人で、スーちゃんの事を聞いてみた。
すると、かえって来た答えが「え、」
でした。

12.jpg
私の隣は柚木君でこの前のビッグウェイブの時に島に来ていたのですが、あまりに波が大きいので、船をチャーターして本土に戻った。こんな言い方もなんだが、しっぽをまいて帰ると言うのはこんな事を言うんだな。と思った。
いさぎよくて 帰って正解だと思いました。入っていたら、きっと溺れ死んだと思います。

柚木君はスーちゃんとは30年からの付き合いでサーフィンのコンテストには積極的に出ていたらしい。その昔、柚木君はNSAが級別のランク分けをした時に柚木君は1級をゲットした。関西では、第一人者であったと思います。
今は、確実にスーちゃんのサーフィンレベルは上であります。



13.jpg
幸 総一郎がついにプロサーファーになった。
おめでとう。やがて、特集やります。


14.jpg
グレアサーフの福田まゆみさんが、念願のプロ合格をした。
おめでとうございます。改めて特集やります。


コレだけ プロサーファーが増えるとサウスボーダーはライダーのボード代で倒産しますわ。(苦笑)
Calendar
<< July 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031
search this site.
tags
archives
recent comment
others
admin

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85
Copyright(c) SMAC SURFBOARD. All Rights Reserved.