いろいろなリスクがあるオスプレイがヘリや飛行機が行けない所に行ける。
良いこともあれば悪い事もある。
そして、ガクの事が時々気になる、、、、

初めて、グラジカンに行ったのは 多分82.83年位かな?
私は最長1ヶ月と1週間居た事がある。

まだ、ボビーズキャンプ場しかない時です。

二階に床上げされたロスメンに蚊帳を張って寝るわけだが、もっと深い理由があるんですわ。

それは、時々 虎が出るんです。
日本刀の5倍位の大きなナタを渡され、もし、襲って来たら「二階に上がるハシゴを外して虎を切れ」って言われ 襲われた時の想定をしたのを思い出しました。
私はG-ランドには7.8回行っていますが、足跡は私のロスメンの周りに何回も見たし、一度 夕方、大騒ぎをしていて食事場(レストラン)に走って行くと、何と食料用のニワトリを襲い ジャングルに去って行きました。

G-ランドは大きく3つのポイントに別れていて 奥がコングス そして マネーツリー、最後の長いチューブがスピードリーフで、時間をずらせば貸切状態で、サーフィンしすぎると夜、熱が出る。
ほどほどにサーフィンするんですよ(苦笑)



確か、2回目のG-ランドにまっちゃんというチーム員が残り一週間の所で頭をザックリ切って、仕方なくバリビーチホテルの病院に行くため、定期便に乗り込んだ。
波は8~10~12フィートで何とか出航した。
ところが、

次の日の昼の定期便が到着して、私の所に船乗りから渡されたメモには驚き、残り5日間の宿泊をキャンセルして、バリ島に戻る事になった。

まっちゃんの乗った定期便は港で、波が大きすぎたのに 港に入り転覆して、、
船長は船のロープにからまり、溺れ死んだようだった。
まっちゃんは、サーフボードにつかまり 命からがら陸に上がれたそうだ。
当然、パスポートのスタンプが消え、出国出来ないので領事館に連れて行く。と言われ、着いて行くと、もう3万ルピア払わないと入れないとか、上手く言われ バリニーズにボッタクられ 何とか出国できた。
NHKの「知られざる世界」のような出来事でした。
チャンチャン(苦笑)
今思うと、平気でとんでも無い所にサーフィンに行っていたんだな。って思う。
今は、リゾートホテルのようになっているらしい。

いろんな本も読んだし、オーストラリア英語にもなれた。
ブラジリアン英語や、ポルトガル語(変な言葉や単語)を覚えれた(笑)

私の後ろの女の子はのちのち、バートン リンチの嫁になるフランシス?フランソフォワです。

本当に英語の勉強には、もってこいで、誰も日本語が出来ないので英語も上達するよな(苦笑)

私はお酒はほとんど飲まない。でも、彼らは毎日がパーティーなので、参加せざるを得ない。
友達がいっぱい出来たが、この時代はみんな住所交換なんですよ。
メールも無ければ携帯電話もないよ(笑)





そういえば、DHDのダレンとも2週間位サーフィンをしている。
また、パイプドリームのマリー バートン達も来ていて パイプドリームサーフボードの営業をされた。
まだ、そんなにビジネスには興味のない時でした。

サメも怖いが、このリーフを歩くのが一番怖い‼️
ストーンフィッシュが水たまりに生息していて、ブーツ無しでは命をかけてアウトに出る覚悟がいる。
ストーンフィッシュはハブの3倍くらいの毒があると聞いた。
刺されたら、ヘリコプターでバリ島に行くしかない。
私はブーツが苦手だったので、満潮の手前で海に入る。デッキを下にしてボトムを上にのり ペンギンのようにパドルして、干潮になる迄に上がるんです。

懐かしいなo(^_^)o